最近、ランチェスター経営の竹田陽一先生に奨められて読んだ本がホンダの創業者の故本田宗一郎さんの「私の手が語る」です。
この本は、非常に不思議な本で本を読んでいると本田さんに話しかけられているような気になってしまうエッセイのような物でした。
最近は本田さんのブーム再燃という事らしく、各出版社は本田さん関連の著書のハードカバー版の一新や、書店では本田宗一郎コーナーを設けるなど、静かなブームになっています。
この本の中に本田さんが、自分の人生を振り返りながらエジソンが語ったと言われる「発明より発見」という言葉を引用して、人類の発展について語るくだりがあります。
エジソン自身も、電球を発明したときに発熱するフィラメントの素材を決めるまでに様々な試みをしたそうで、当時日本の京都にある孟宗竹がよいという事でわざわざ日本から取り寄せたエピソードも紹介しています。
私はこの「発明より発見」という話を聞いた時に、本当に背筋に電気が走る感じがしました。
人類は、色々なものを発明してきたかのように考えているかもしれませんが、これは実は自然科学の発見の応用でしかないのではないかと私は思うのです。
この広い宇宙で生きている限り、図らずも大宇宙、大自然の影響を受けながら人間は地球上で生存しています。そこにはまだまだ人間の知識や理解では到底解明されない様々な自然科学の神秘や謎が存在するわけで、人類の歴史は「発見の歴史」といっても過言ではないと思うのです。
このことは、現代の経営に置き換えても同じ事が言えるのではないでしょうか?
色々な中小企業の社長さんにお会いしていますと、新商品を「発明」したがっている人が沢山いる事に気がつきます。
はたしてヒット商品を発明する事は可能なのでしょうか?
私も元々理科系の人間で、食品会社で新商品の開発をしていた経験があるので分かるのですが、決してヒット商品とは発明する物ではなく、発見する物じゃないかという実感があります。
これを営業的な市場開発で言えば、「市場の開拓」、製品で言えば「新製品の開発」になると思うのですが実際に新市場もよく「創造」という言葉を使いますが、私の感覚で言えば「仮設に基づく新市場の発見」と考えた方がよいのではないでしょうか?
新市場という物は決して一企業が生み出せるものではなく、人口や、年齢や環境で常に変化する人口統計や生活習慣の変化などにより、更に新しいもの、勝手のよいサービスをいち早く発見してそこに的確な商品なりサービスを提供していくかじゃないかと思います。
要は、その発見に対する提案をどうやって消費者にしていくかという事が企業努力じゃないかと思うのですが、いかがでしょうか?
発明というと難しく聞こえますが、発見であれば日々の生活から誰でもすることができる気がしませんか?
エジソンが「天才は1%の才能と99%努力である」といった背景にはこういったことがあったからだと想像できますね。
よく、アメリカの金融系の人達と話をしていると、ヒット商品を出したり、大儲けをした時のことを「金脈を発見した」という表現を使いますが、これもあながちほんとの事かもしれませんね。
「発明より発見」・・・皆様はどう思いますか?
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